いつも命令ばかりしてくる母に「命令するのはやめて」と言った話②

昔の嫌なことばかり思い出すのも、今が平和な証拠なのです。

それはなぜかと言うと、私を6年間無視し続けた!!職場のおっさんが!!辞めたから!!

1番のストレスがなくなり、母との関係性が不快ランキング急上昇。見事1位に返り咲きました。

ちなみに2位は、職場のタコみたいなおじさんの体臭がきつすぎることがランクインですおめでとうございます!
どうにかして、おっさんの全身をファブリーズでびっしょびしょにできないかと、友人Jと2人で毎日考えております。

前回、母のことをワーワー書きましたが、当時の私もほんとに可愛くなかったんだろうなと思います。

妹ばかり可愛がる→私が反発する→かわいくない
→妹ばかり可愛がる、の悪循環だったのかなと今になって思います。

あときっと母も更年期障害まっただなかだったのかな。

妹ばかり可愛がるなと泣いて訴えたら
「妹が生まれる前の、2年間、あんたのことは可愛がってやったからもう可愛がる必要はない」と言われ
私が母に可愛がられる時期は記憶もない2歳で終了したのかと、当時の私は絶望しました。

それでも母が大好きで大好きで、抱きしめて欲しかった。
ずっと私だけ見て欲しかった。

つらい、死にたいと訴えれば、「今すぐ飛び降りなさい」と迫られたり、1番ひどい時は「そんなに死にたいなら早く死になさい」と包丁を渡されたりもしました。

私が臆病者でラッキーだったな!

辛いことがあっても寄り添って、辛かったねと共感してくれたことなど1度もなかった。
母は何があっても、いつも妹の味方で、妹に寄り添い妹の心配をし妹の手を繋ぎ、私はこの世に存在しないみたいだった。

それが小5か小6のとき。

誰にも相談できずに、母親とはきっとこういうものなんだと思い込み、
今の母は偽物で、きっとどこかに優しい本物のお母さんがいて、いつか迎えに来てくれることを毎日願い、ストレスで自分の髪や眉毛をむしりまくっていました。

今の私が、あの頃の私を引き取ってやりたい。
うんとワガママを聞いてやって、
大好きだよと母親のかわりに抱きしめてやりたい。

でもあの頃の私は母親に抱きしめてもらいたかった。
誰か他の人ではきっと代わりにはならない。

私の娘が小2だから、あと数年であの時の私と同じ年になります。

娘は、死にたいなんて少しも思いませんように。
母親の愛に包まれて毎日楽しく幸せに暮らせますように。

母と妹を殺して自分も死ぬことばかり毎日考えていた頃の自分と、娘が同じ年になるのが、少し怖いです。

とか、こんな暗いことを考えてしまうのも、そう!
毎日が平和だからなのであります!

あんな育ち方したわりには、普通に育った方やでマジで!!!

母から「あんたはブスだ。卑怯だ。グズだ。私はあんたとは合わないから妹を可愛がる」と言われて育ちましたが、そんな母でもたまーーに、妹がいない隙に私を抱きしめてくれることがありました。

「私の介護はテルミがしなさい。
赤ちゃんの時、オムツ変えてやった恩を忘れるな。 妹はいつか遠くに行きそうであてにならないから、あんたはずっと近くで住みなさい。私が本当に信頼してるのはテルミなんだよ。私のオムツを変えるのはあんただからね」
と、呪いのように、私を抱きしめながらつぶやくのです。

そして、それから30年近くたった今、
母の呪い通りに
妹は遠くに嫁に行き、私は母から自転車5分の距離に住んでいます。

という、世にも奇妙な物語みたいな感じで、今日のブログは終わらせていただきます。